生まれ変わった国際 送金

特筆すべきは、前述のM地所によるロックフェラー・グループ買収。 同社はクリスマスツリーのイルミネーションで知られ、「ニューヨークの象徴」といわれるロックフェラー・センターピルを持つ。
それに加えて米国民にとっての衝撃は、ソニーが、「アメリカの誇り」であるハリウッドの映画会社のコロンビア・ピクチャーズ・エンターテインメントを、6440億円を投じて子会社化したことだろう。 洪水のような対米投資は米国民を脅かし、苛立たせた。
それが前述のレターマンの自虐的なジョークにつながったわけで、ソニーによるコロンビア買収(卸年9月)の際、ニューヨーク・タイムズ、ロサンゼルス・タイムズ、ニューズ・ウィーク、ワシントン・ポストなどの主要な新聞・雑誌は特集を組み、日本への警戒感を穆ませた。 日本企業による「アメリカ買い」が敵対的だったわけではない。
ソニーはそれまでの大株主だったコカ・コ-ラから打診を受け、映像ソフトの充実という観点から購入、ロックフェラー・グループにしても、同社が売りたい価格を通そうと思えば、日本の企業に売数するしかなかった。 それでも日本企業の「アメリカ買い」に批判が大きいのは自国の資産が奪われるという感情77的嫌悪のほかに、日本に越え難い投資のカベがあることへの不満があったためだ。
この時期、逆に「日本買い」に動いたのが、米国で乗っ取り屋として知られるT・ブーン・ピケンズ氏だった。 同氏は的年3月、トヨタ自動車系の小糸製作所株を買い占め、筆頭株主となって揺さぶった。
日本の投資障壁や系列問題を持ち出してピケンズ氏はトヨタと小糸を批判、「投資の黒船の来襲」と騒がれたが、結局、ピケンズ氏は仕手筋である、麻布自動車の渡辺喜太郎氏のダミーであることが判明、フタを開ければ、余った円の二人芝居 だった。
米国の苛立ちは日本のシステムに向けられ、日米構造協議の席上、株式の持ち合い、系列といったビジネス慣行の改善とTOB改革など投資システムの統一が求められた。 だが、世界一の債権固となり、バブル景気のなか日本型経営システムに絶対の自信を持つ日本企業が、自らを変えるわけがない。
改革はバブル経済の崩壊で、塗炭の苦しみを味わい、「空白の数年」に突入するまで待たなければならなかった。 日本の騎り

を正すように、米国が持ち出したのがBIS規制である。 この規制には確かに日本のみならず、先進国の金融システムと経済環境を同一化する効果があった。
世界の中央銀行の中の中央銀行という役割を果たしているのが国際決済銀行 である。
ただ、具体的な金融機能を持っているというよりは、マクロ経済の観点から「国際金融上の諸問題を話し合う場」として認識されている。 その国際決済銀行で「自己資本の測定と基準に関する国際的統一化」を話し合う場が、1975年、パーゼル銀行監督委員会として発足した。
同行がスイスのパーゼルに置かれていることからそう名付けられ、「銀行が保有できるリスク資産を、自己資本のロ・5倍にまで制限し、最低でもリスク資産の8%の自己資本がなければ、国際金融市場でビジネスをすることを事実上、禁止する」というバーゼル合意ができたのは1988年だった。 これをBIS規制と呼ぶ。
話し合われたのは国際金融システムの安定性や健全性である。 また、国際市場における銀行間の競争条件の均等化という目的もあった。

合意に向けた活動をもっとも熱心に進めたのは米国であり、そこには初年代半ば、中南米融資で膨大な不良債権を抱えた米銀の規制を強化しなければならないという事情があった。 その際、BIS規制を導入、世界の基準を統一すれば米銀に不利に働かないというのは金融戦略を国策と位置づけた米国らしい発想だが、「競争条件79の均等化」が日本の銀行を狙ったものであるのも明白だった。
邦銀はバブル期のあふれた資金を、系列ノンバンクなどを通じてゼネコンや不動産業者に流し、融資量を膨らませた。 その資金の一部が「アメリカ買い」となったのは前述の通りで、その実力はピークの卯年、世界の銀行ランキングの上位数位に、トップの旧住友銀行以下回行が入っていたほどだ。
同時に邦銀は負債過多、過小資本が常態化していた。 ただ、たとえ過小資本でも旧大蔵省の官僚が「銀行は1行たりともつぶさない」という護送船団方式で臨んでいたし、預金はベイオフによって保護していたから、国民は安心して銀行に預けており、自己資本に頼らない信用システムが築かれていた。
米国が主導するBIS規制の押し付けは、資本を大きく積み増さねばならない邦銀にとって迷惑な話だった。 しかしバブル経済下での余剰資金と日本企業の海外進出を背景に、海外での融資業務も活発に行っていた邦銀が、拒絶姿勢をいつまでも取ることはできなかった。
結局、「株式の含み益の必%まで自己資本に含めることができる」という妥協案を盛り込むことで、日本も「パーゼル合意」に達した。 これは米国に批判された「株式の持ち合い」によって、当時、邦銀には莫大な株式の含み益が積み上がっており、軽くBIS規制をクリアできる計算だったからである。
こうして邦銀は槌年に達した「パーゼル合意」を、幻年3月末から実施することになった。 ここに日本の誤算があった。
合意の時点で潤沢だった「株式の含み益」は、実施の時点ではバブル崩壊で吹き飛んでしまっていたからだ。 加えて日銀はバブル崩壊後の不況時も金融引き締めを継続、銀行は二重の苦しみのなか、融資を絞り、資本を積み増さねばならなくなった。
「貸し渋り」や「貸し剥がし」が横行、国家・国民経済の血液を担うという自らの役割を忘れ、逆に低金利や公的資金で国の庇護を受けながら、合併につぐ合併で生き残りを図るのに必死だった。 このBIS規制がもたらしたのが証券化である。
不動産やローン債権などの資産を有価証券にして、バランスシートから切り離す。 BIS規制は分子が自己資本で分母が資産である。

資産といっても資産の種別やリスクによって数値は変わるのだが、何はともあれ資産は持っていないほうが自己資本比率は向上、健全と見なされる。 日本より早く金融自由化を進めた米国は、鍛えられた金融技術で住宅ローン債権などを証券化していった。
銀行に限らず、事業会社も公共団体も、保有資産を利回りの確保された証券に仕立てることができ、購入する投資家が見込めるなら証券化は有効で、しかも何でも証券化できるのだった。 クレジットカード債権、リース料債権、売掛債権、手形債権、不動産担保ローン、住宅ローン、消費者ローン、知的財産権、診療報酬債権、オートローン債権。
証券化の仕組みをつくる会社(アレンジャー)があって、資産を預かる信託銀8r行があり、そこから信託受益権を得るSPC(特別目的会社)する会社があり、それを保証する債券保証会社がある。 銀行はBIS規制によってオフバランスにしなければ、次の営業活動ができないし、事業会社はバランスシートのスリム化で資本効率をあげることが一般化。
どちらにしても経済システムが証券化を前提に回る形になった。 そこに証券化ビジネスが確立、さらに世界にあふれる投資資金が、その需要に応じた証券化商品を求めている。
これがうまく回転すれば、こんなに望ましいことはない金融システムである。 証券化の時点で資産を売数するオリジネーターは、利益を先取りするうえに、値下がりや焦げつきなどの保有リスクを逃れたことになる。

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